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【挑戦は続けてこそ価値がある】安定期にこそ動き出す、ビーエイトシーの新しい一歩

ビーエイトシーグループは、待つだけではない「攻めの福祉」を通して、誰もが自分の持つ力を発揮できる社会を目指す、“50代による福祉ベンチャー企業”です。

「ひとりの人が生き生きと働ける」ことを追求し、就労支援事業所に始まり、定時制高校や、グループホーム、一般企業をグループ内につくって、つなげています。グループ内の循環にとどまらず、商品の海外輸出も実現し、福祉で生み出した商品の魅力をグループ外に広げていく取り組みも積極的に進めています。

現在は14以上の拠点があるビーエイトシーグループですが、始まりは“B.Continue”という一つの会社でした。

福祉未経験の、営業に邁進してきた島野社長が「障がい者の雇用率UPに貢献したい」という思いで福祉業界に飛び込んだのは、15年前。根幹となる思いはそのままに、業界に対する知識や目指す視点が広がり、今の規模に。

経験を重ね、事業の幅を広げることで、見えてきた景色の変化とは。そして、今も一貫した「福祉」という軸を支える、変わらない思いとは。15年の変化と変わらない信念について、島野社長に話を聞きました。

障がいを“持つ”人から、障がいの“ある”人という見え方の変化

ビーエイトシーグループは、私が15年前に始めた「B.Continue」という会社から広がってきました。

私はもともと福祉業界の出身ではありません。15年前の当時、「障がい者の雇用率が低い」ということを知りました。そして、営業の現場で鍛えられてきた自分に何か役に立てることがあるのではないか、という思いで福祉に飛び込みました。

実際に始めてみると、想像していた以上に、簡単なことではありませんでした。「障がいがある人は働けない」という社会の先入観は、予想以上に大きかったのです。正直に言えば、最初は私にもその思い込みがあったので、頭打ちの状況になってしまったのは当たり前かもしれません。

外の企業に働きかけて雇用率を伸ばすことが難しかったので、自分で「障がいがある人が働くことに慣れる場」を作ろうと思い、就労支援事業所(BeSmile事業所)を作りました。B.Continueを設立して1年半後のことでした。

そこからいくつかの就労支援事業所を続けて開設し、障がいのある人たちと接するにつれて、私の中の考えが変化していきました。そもそも、当初私は「障がいを“持つ”人」という認識でした。本人の“中”に、身体機能など何かしらの障がいを持つと思っていたのです。

ですが実際に現場で当事者たちとコミュニケーションをしていくと、この人たちは障がいを持っているのではなく、社会のつくりによって「障がいが“ある”人」なんだと思うようになりました。つまり、社会側の思い込みや画一的なルールによって本来持つ能力を発揮しにくくなっている、本人の“外”に障がいがあるという視点です。

この変化は、私の中で大きな転機です。そこから、「障がい者を戦力に」、そして「待つ福祉から、攻める福祉へ」という挑戦が本格的にスタートします。

「攻めの福祉」で目指すのは、“誰も”が自分らしくいられる社会

そこからの年月を振り返ると、目の前の人や課題と愚直に向き合ってきたことで道が開けてきた、という感覚があります。

まずは「障がいのある人の働く場が少ない」という現実を前に、雇用の受け皿をつくるために動きました。

そして、就労に関して障がいがある人は、もっと前から場所を必要としているのではないか。働いている時間以外にも、できることがあるのではないか。気づいた視点をひとつずつ形にして、グループ内に定時制高校やグループホームを作っていきました。

福祉の幅を広げていくのと並行して、「働く場づくり」の模索も続けていました。事業所を卒業し、一般企業に就労した後のフォローは、できることがとても限られています。工夫をすれば発揮できる能力があるのに、企業側とうまくハマらない。もちろん、サラリーマン経験も長くした身としては、「一部の人のために特別なルールを運用する」ことが難しいこともよくわかります。

そこで、グループ内に一般就労できる企業を増やせば、グループとしてやりたい工夫をしっかり取り入れて、様々な特性の人が「自分らしく」能力を発揮できる環境を作れるのではないか、と考えました。

この考えを実現するべく、一般企業(製造や工場系)のM&Aに乗り出します。製造・工場系にしたのは、分業がしやすく、本人に合った業務の工夫がしやすいからです。

M&Aを進めるうちに気がついたのは、障がいのある人が能力を発揮して働くことは、企業側の人手不足という別の課題も解決するということ。

実際に、人手不足で商品開発も難しく苦しんでいた福岡丸福水産は、ビーエイトシーグループに入って工夫をして障がいのある人々と働くことで、活気が出て新規商品の開発や営業もできるようになり、業績がV字回復しています。

福岡丸福水産のM&A後の推移を報告するニュースレターはこちら

“障がいがある人の働く場をつくる”ために始めたことが、いつしか“日本の人手不足にアプローチする”取り組みに広がっていきました。

年代・経歴・性別…多様性への挑戦は、自然な流れ

人手不足にアプローチするために、今は“日本の眠っている労働力をどう生かすか”という挑戦に取り組んでいます。

メディアでは「人手不足」という言葉をよく耳にします。でも社会には、眠っている力はまだまだある。活かせていないだけです。高齢の人、ブランクのある人、元受刑者、LGBTQの人…さまざまな背景のある人が、力を発揮して働ける場を考え続けています。多様性が叫ばれる昨今、時流に乗っているとも見えるかもしれませんが、私にとっては「15年かけて辿り着いた、自然な流れ」でした。

目下の挑戦は、国内の眠っている労働力を活かすことで、人手不足に困らない事業の循環を全国に示すこと。机上の空論ではなく、福岡丸福水産という、実際の実現モデルはできています。このモデルを全国に示したいのには、理由があります。

福岡丸福水産で起きた最大の変化は、障がいのある人が「法律を守るために雇用している存在」ではなく、「一緒に会社を盛り上げる一員=いてもらわないと困る存在」へと変わったことです。これが、最終的に私が社会全体に起こしたい変化です。

根幹にあるのは、今も「障がいのある人が、自分らしくいられる場を」という追求です。工夫をしたり視点を変えたりすれば存分に働けるのに働けていないのであれば、高齢者もLGBTQの人も、ある種「社会が障がいを作り出している人たち」です。1人でも多くの働く意欲のある人たちが力を発揮できる場をつくりたい。そのためのベースは、15年がむしゃらにやってきて整ってきました。

安定してきた今だからこそ、挑戦を続ける会社であり続けたいと思っています。新しい世代の発想やエネルギーと一緒に、次のステップを目指したい。挑戦は続けてこそ価値があるからです。

そして、企業が成長し続けるには、新しい視点が必要です。昭和、平成、令和。価値観は常に更新されます。ベテランの持つ経験値に、20〜30代の皆さんが持つ感性やスピード感を融合する。その繰り返しで、“新しい当たり前”を作り続けることが必要だと思っています。

安定と挑戦は、両立できる

転職を考えている方の中には、目標を見失ってしまった方や、これからに漠然とした不安を抱いている方もいるかもしれません。でも、人生はずっと同じ速度で走る必要はありません。「自分で決めた一時期」を本気で駆け抜ければ、その後の景色は変わります。チャレンジは早いほうがいい。調整も早くできるし、新しい目標も早く訪れます。

そして、安定と挑戦は、二者択一ではありません。自分が築いてきた土台を信じて、思い切りチャレンジする。簡単なことではありませんが、私は15年間それを目指してきました。

やりたいことが常に言語化できていなくても大丈夫です。まずは目の前のことと向き合い、“やれる”ことに早く取り組む。それを繰り返すことで、“やりたい”が見えてくるのだと思います。 もし一緒に、安定と挑戦を積み上げてビーエイトシーと成長してみたいと思ってくれる方がいたら、こんなに嬉しいことはありません。